電子取引の猶予措置|何が許され、何が残るのか
目次
電子取引のデータ保存が義務になったが、猶予の措置があると聞いた。まだ対応しなくてよい、という話も回ってきます。どこまでが許されていて、何をやらなければならないのかが、はっきりしないまま時間が過ぎます。
この記事では、電子取引の猶予措置を、どんな制度か・満たす条件・それでも残る義務の3つに分けて整理します。読み終えたときに、自社がいま何をすべきかを判断できる状態を目指します。
結論:要件は緩むが、データを残す義務は残る
電子取引の猶予措置とは、保存の要件を満たせない事業者について、一定の条件のもとで、要件を満たしていない保存も認める仕組みのことです。
背景には、電子取引データの電子保存が義務になったことがあります。すぐに対応できない事業者のために用意されたものです。
ポイントはここです。緩むのは「要件」であって、「保存そのもの」ではありません。電子データを残す義務は残ります。
ここを取り違えると、「猶予があるから紙に印刷して保存すればよい」という運用になります。データを消してしまうと、猶予の条件も満たせません。
条件は2つ
猶予の措置が使えるのは、次の2つを満たす場合とされています。
1つ目は、保存の要件に従って保存できなかったことについて、相当の理由があると所轄の税務署長が認めること。
2つ目は、税務調査のときに、電子データのダウンロードの求めと、そのデータを出力した書面の提示または提出の求めに応じられること。
1つ目の「相当の理由」について、申請や届出は要らないとされています。あらかじめ手続きを取る必要はありません。
ただし、「対応する気が無い」というのは理由になりません。システムや社内の体制が整っていないといった事情が想定されています。
それでも残るもの
猶予の措置を使っても、次の3つは残ります。
1つ目は、電子データそのものを保存すること。印刷して紙だけを残し、データを消す形は認められません。
2つ目は、調査でダウンロードの求めに応じられること。求められたときに出せない状態では、条件を満たしません。
3つ目は、出力した書面を提示または提出できること。見られる形にしておく必要があります。
つまり、データは残し、印刷もできる状態にしておくのが、猶予を使う場合の最低限になります。何もしなくてよいわけではありません。
猶予に頼り続けないほうがよい理由
制度としては使えますが、頼り続けるより要件を満たすほうが軽く済みます。理由は3つです。
1つ目は、要件を満たすのに費用がかからない道があることです。真実性は事務処理規程で満たせます。国税庁のひな形から作れば、1日で終わります。
2つ目は、検索の要件にも緩和があることです。基準期間の売上高が一定以下の事業者などは、ダウンロードの求めに応じることを条件に、検索機能が不要になる場合があります。
3つ目は、猶予が使えるかどうかの判断が、税務署長に委ねられていることです。あらかじめ確認する手続きが無いぶん、使えるつもりでいて使えないという結果が後から分かる形になります。
規程を作って要件を満たしておけば、この不確かさが消えます。費用がかからない道があるのに、猶予に頼る理由は多くありません。
いま何をすればよいか
自社の状況にかかわらず、先にやることは3つです。
1つ目は、電子で受け取っているものを洗い出すことです。メールの添付、ウェブからのダウンロード、電子契約、カードの明細。部署ごとに聞くと、経理が知らない経路が出てきます。
2つ目は、データを消さない形にすることです。メールのフォルダに置きっぱなしだと、担当が辞めたときに消えます。共有の場所に移します。
3つ目は、ファイル名の規則を決めることです。日付・取引先・金額を入れる形にしておけば、検索の要件にもつながります。
この3つは、猶予を使う場合でも必要になります。やっておいて無駄になりません。そのうえで、事務処理規程を1枚作れば、要件を満たす側に移れます。
部署ごとの経路を拾う
洗い出しでいちばん抜けるのが、経理を通らない経路です。
営業が取引先から直接メールで見積書や請求書を受け取っている。現場が通販サイトで資材を買って、領収書をダウンロードしている。総務が名刺や事務用品を通販で買っている。
これらは全部、電子取引に当たる可能性があります。紙に印刷して経理に回している場合、元のデータが残っていないと義務を満たしません。
拾い方は、部署ごとに「電子で受け取っているもの」を書き出してもらう形が早く済みます。カードの明細から逆にたどると、どの通販サイトを使っているかが分かります。
猶予と要件充足の境目
自社がどちらの状態にあるかは、3つの問いで分かります。
1つ目は、電子取引のデータを残しているかです。残していないなら、猶予も使えません。ここが最低線です。
2つ目は、真実性を満たす方法を決めているかです。規程かシステムか。決めていないなら、猶予に頼っている状態です。
3つ目は、検索できる形になっているかです。ファイル名の規則か索引簿か。売上高による緩和が使える場合もあります。
3つとも満たしていれば、要件を満たしている側です。1つ目だけなら、猶予に頼っている状態になります。
2つ目と3つ目は、どちらも数日で埋められます。規程はひな形から作れ、ファイル名の規則は決めるだけです。猶予のままでいる理由は、実際にはあまりありません。
自社がどの状態かを一度書き出してみると、次に何をすればよいかがはっきりします。
紙に戻せない、ということの意味
猶予の措置で誤解されやすいのが、「紙で保存してよい」という読み方です。ここを正確に押さえます。
認められているのは、要件を満たさない形での保存です。保存そのものを紙に置き換えることではありません。
つまり、データは残したうえで、検索できる形になっていなくても、規程が無くても、保存として認められる余地がある、という話です。
だから、メールを削除する、ダウンロードした領収書のファイルを捨てるといった運用は、猶予を使っていても認められません。
逆に言えば、データさえ残っていれば、後から要件を満たす形に整えられます。ファイル名を付け直し、規程を作れば、要件を満たす側へ移れます。データが無いと、この道も閉じます。
いま何もできていない会社がまずやるべきは、データを消さないことです。
まとめ
電子取引の猶予措置は、保存の要件を満たせない事業者について、一定の条件のもとで要件を満たしていない保存も認める仕組みです。
条件は2つ。相当の理由があると税務署長が認めることと、調査でデータのダウンロードの求めと書面の提示に応じられることです。申請や届出は要らないとされています。
緩むのは要件であって、保存そのものではありません。電子データは残す必要があります。印刷した紙だけを残してデータを消す形は取れません。
真実性は事務処理規程で満たせ、検索にも緩和があります。費用がかからない道があるので、猶予に頼り続けるより要件を満たすほうが軽く済みます。自社の適用は、顧問の税理士に確かめるのが確実です。
よくある質問
Q. 猶予の措置を使うのに、届出は要りますか。 A. 申請や届出は要らないとされています。ただし、調査のときに相当の理由を説明できる状態にしておく必要があります。何が整っていないのかを、社内で整理しておきます。
Q. 猶予はいつまで使えますか。 A. 期限が区切られた形ではなく、条件を満たす間は使える仕組みとされています。ただし、対応を進めないままでよいという趣旨ではありません。
Q. 紙に印刷して保存するだけでは、なぜだめなのですか。 A. 電子取引のデータは電子のまま保存することが求められているためです。猶予の措置でも、データそのものは残す必要があります。印刷は、データを残したうえで行うものになります。
Q. メールソフトの中に残っていれば保存したことになりますか。 A. 探して出せるなら形としては成り立ちますが、担当が辞めたときや、メールの容量を空けたときに消えます。共有の場所に移すほうが安全です。
Q. 相当の理由とは、どんなものですか。 A. システムや社内の体制が整っていないといった事情が想定されています。資金や人手の制約も含まれると考えられますが、最終的には税務署長の判断になります。
Q. 猶予を使っていても、青色申告は続けられますか。 A. 条件を満たして猶予の措置が認められる場合、保存が認められる形になります。ただし、データそのものを残していないなど条件を外れると、扱いが変わる可能性があります。
Q. 事務処理規程を作れば、猶予は要らなくなりますか。 A. 真実性の要件は満たせます。あわせて可視性(検索・出力・概要の備え付け)も満たせば、猶予に頼らずに済みます。検索については売上高による緩和がある場合があります。
Q. 従業員が個人のカードで立て替えた分の領収書はどうなりますか。 A. 電子で受け取っているなら、会社の取引に関するものとして保存の対象になる場合があります。立替の精算の仕組みと合わせて、どう集めるかを決めておきます。
Q. 猶予を使っていることを、どこかに記録しますか。 A. 記録の様式が定められているわけではありません。ただし、なぜ要件を満たせていないかを社内で整理しておくと、調査のときに説明できます。何が整っていないかを1枚に書いておきます。
Q. 取引先が紙しか送ってこない場合、電子取引はありませんか。 A. 取引先が紙でも、通販サイトの領収書やカードの明細データなど、他の経路で電子取引が発生していることがあります。請求書だけを見て判断しないようにします。
Q. 個人事業者でも同じ義務がかかりますか。 A. 電子取引データ保存の義務は、法人と個人事業者の両方にかかります。国税庁のひな形にも個人事業者用があります。規模によって義務の有無が変わるものではありません。
Q. メールの容量がいっぱいで、古いメールを消したい場合は。 A. 添付されている取引の情報を、先に別の場所へ保存します。保存してから消す順番にします。メール本文に取引の情報が書かれている場合は、その本文も保存の対象になります。
Q. 従業員の個人のメールアドレスで受け取っている場合は。 A. 会社の取引に関するものなら、保存の対象になります。その人が辞めるとデータも失われるため、共有の場所へ移す運用にしておきます。
Q. 電子取引のデータが大量にある場合、保存の場所はどうしますか。 A. 年ごと・月ごとにフォルダを分けて、容量を見ながら運用します。クラウドの保存を使う場合は、解約したときにデータが取り出せるかを先に確かめます。保存の期間は7年や10年になります。
Q. 猶予の措置があるうちに、何を進めておくべきですか。 A. 洗い出し、データの保全、ファイル名の規則の3つです。どれも費用がかかりません。猶予が使えるかどうかに関わらず必要になるので、先に進めておいて損がありません。
Q. 経理の人数が少なく、対応の時間が取れません。 A. まずデータを消さないことだけを決めます。保存の場所を1つ作り、そこに入れる。これだけなら数分で決まります。ファイル名の規則と規程は、次の月でも間に合います。
Q. 猶予を使っていることで、取引先に影響はありますか。 A. ありません。社内の保存の話なので、取引の相手には関係しません。ただし、取引先から電子での請求書の送付を打診されたときに、受け取る側の体制は必要になります。
Q. 猶予の措置は、申告のときに何か書きますか。 A. 申告書に記載する欄が設けられているわけではありません。保存の形の話なので、調査のときに説明することになります。
Q. 税理士に頼めば、対応してもらえますか。 A. 進め方の相談には乗ってもらえます。ただし、電子で受け取っているものを洗い出すのは社内の作業です。どこから何が届いているかは、社内でしか分かりません。
Q. 電子取引の保存を、いつまでに整えるべきですか。 A. 義務は既に始まっています。整っていないなら、今から先の分を確実にするのが先です。データを消さない形にするだけなら、今日から始められます。