賃金控除の協定とは?給与から引いてよいものの線
目次
社宅の家賃、親睦会費、購買の代金。給与から引いているものがいくつかある。ずっとそうしてきたので疑っていなかったが、協定が要ると聞いて調べ始める。そこで初めて、何を根拠に引いていたのかが分からないと気づきます。
この記事では、賃金控除の協定を、なぜ要るのか・何を書くか・見直し方の3つに分けて整理します。読み終えたときに、自社が引いているものを点検できる状態を目指します。
結論:全額払いの原則があり、例外に協定が要る
賃金控除の協定とは、賃金から一定のものを差し引くために、事業場の労働者の過半数を代表する者と結ぶ書面の協定のことです。労働基準法にもとづくものです。
背景には、賃金は全額を支払わなければならないという原則があります。勝手に差し引くことは認められていません。
例外として、法令に定めがある場合と、労使協定がある場合に控除できるとされています。
法令に定めがあるものは、協定が無くても引けます。所得税、住民税、社会保険料、雇用保険料がここに入ります。給与明細でおなじみのものです。
それ以外のものを引くなら、協定が要ります。社宅の家賃、食事代、購買の代金、親睦会費、旅行の積立金など。「今まで引いていたから」は根拠になりません。
協定に書くこと
協定書に決まった様式はありませんが、書く内容は決まってきます。
控除する項目。何を引くのかを具体的に書きます。「その他」でまとめる形は取れません。
控除する金額または算定の方法。定額なのか、実費なのか、計算の方法を書きます。
控除を行う賃金支払日。毎月の給与から引くのか、賞与からも引くのかを書きます。
協定の有効期間。期間を定めておきます。
項目の書き方がいちばん大事です。後から新しい控除が増えたときに、協定に書いていなければ引けません。「購買部の代金」と書いてあるのに、実際には別の名目で引いている、という形がよく見つかります。
協定は届出が要りません。36協定と違って、労働基準監督署へ提出するものではありません。事業場に備え付けておきます。
引いてよいものの線
協定があれば何でも引けるわけではありません。労働者の生活を脅かさない範囲であることが前提とされています。
引けるものとして挙げられやすいのは、購買代金、社宅や寮の費用、福利厚生の費用、組合費、旅行や親睦の積立金など、使途がはっきりしていて、労働者の利益になるものです。
慎重に扱うのは、制裁としての減給と、貸付金の返済です。制裁による減給には、労働基準法で上限が定められています。1回の額が平均賃金の1日分の半額を超えず、総額が一賃金支払期の賃金総額の10分の1を超えないこととされています。
損害賠償を一方的に差し引く形も取れません。損害が発生したとしても、賃金から相殺する形には制約があります。判断に迷う場合は、社会保険労務士か弁護士に確かめます。
明細に分けて書く
引いたものは、給与明細で分かる形にします。まとめて「控除計」とだけ出すと、本人が何を引かれたか確かめられません。
賃金台帳にも、控除の項目と金額を記入することが求められています。台帳と明細と協定の3つがそろって、説明ができる状態になります。
項目名は、協定の文言とそろえます。協定には「社宅使用料」と書いてあるのに、明細では「家賃」となっていると、対応が分かりません。同じ言葉を使うだけで、説明の手間が減ります。
金額が毎月変わるものは、算定の方法が協定に書いてあるかを確かめます。実費なら、その根拠になる資料を残しておきます。
見直しの手順
引いているものを点検する手順は4つです。
1つ目は、給与明細の控除欄を全部書き出すことです。何が引かれているかを一覧にします。
2つ目は、法令に定めがあるものを分けることです。税と社会保険料は協定が要りません。
3つ目は、残ったものが協定に書いてあるかを確かめることです。ここで抜けが見つかります。
4つ目は、抜けていたものを協定に足すことです。新しく結び直すか、変更の協定を結びます。
協定の有効期間が切れたままになっていることも、よくあります。期間を定めた協定は、切れたら結び直します。期限の管理表に入れておくと忘れません。
代表者が退職している場合も見直しの機会です。協定を結んだ人がもういないなら、選び直して結び直します。
36協定との違い
名前が似ていて混ざるので、違いを並べておきます。
36協定は、時間外労働と休日労働をさせるための協定です。届出が必要で、届け出て初めて効力が生じます。
賃金控除の協定は、賃金から差し引くための協定です。届出は不要で、事業場に備え付けます。
どちらも、過半数代表者の選び方は同じです。管理監督者でないこと、民主的な方法で選ばれること。まとめて選ぶ場合も、どの協定のための選出かを明らかにしておきます。
有効期間の考え方も違います。36協定は期間を定めて届け出るため、期限が来たら必ず結び直します。控除の協定は期間を定めない形も取れますが、定めておいたほうが見直しの機会になります。
新しい控除を始めるとき
福利厚生の制度を作った、購買を始めた、社宅を借りた。新しく給与から引きたいものが出てきたときの手順は3つです。
1つ目は、協定に書いてあるかを確かめることです。書いてあるなら、そのまま引けます。
2つ目は、書いていなければ協定を変えることです。変更の協定を結ぶか、新しく結び直します。過半数代表者の意見が要ります。
3つ目は、本人への説明です。何をいくら引くのか、いつから引くのかを伝えます。給与明細の項目名も決めておきます。
この順番を飛ばして、先に引き始めてしまうのがいちばん多い形です。制度を作る側と給与を計算する側が別だと起きやすいので、新しい制度を作るときに「給与から引くか」を確かめる手順を入れておきます。
給与明細から逆にたどる
協定を点検するとき、条文から見ると抜けが見つかりません。給与明細の控除欄から逆にたどるほうが早く終わります。
手順は単純です。直近の月の給与明細を1枚出して、控除の欄に並んでいる項目を全部書き出します。そこから、税と社会保険料を消します。残ったものが、協定に書いてあるべきものです。
人によって控除の項目が違うことがあります。社宅に住んでいる人だけ家賃が引かれている、購買を使っている人だけ代金が引かれている。1人の明細だけを見ると、他の人の控除が漏れます。控除の項目の一覧を給与ソフトから出せるなら、そちらを使います。
賞与からも控除している場合、賞与の明細も見ます。毎月の給与とは項目が違うことがあります。協定に「賞与から控除する」と書いていないと、賞与からは引けません。
年に1回、この点検をする日を決めておきます。協定の有効期間を1年にしておけば、結び直すときが点検の機会になります。
協定を結ぶときの実務
結ぶ手順は4つです。人数の少ない会社でも、この順番は変わりません。
1つ目は、控除している項目を一覧にすることです。給与明細から書き出します。
2つ目は、過半数代表者を選ぶことです。管理監督者でないこと、民主的な方法で選ばれることが要件です。投票や挙手の記録を残します。
3つ目は、協定書を作って署名または記名押印をもらうことです。項目、金額または算定の方法、控除を行う賃金支払日、有効期間を書きます。
4つ目は、事業場に備え付けることです。届出は要りません。労働者が見られる場所に置きます。
有効期間を1年にしておけば、翌年の同じ時期が見直しの機会になります。期限の管理表に入れておくと、切れたまま引き続けることを避けられます。
まとめ
賃金控除の協定は、賃金の全額払いの原則の例外として、法令に定めのないものを控除するために結びます。税や社会保険料は法令に定めがあるので協定は要りません。
書くのは、控除する項目、金額または算定の方法、控除を行う賃金支払日、有効期間の4つです。項目は具体的に書きます。「その他」でまとめる形は取れません。
協定は届出が要りません。事業場に備え付けておきます。36協定と混ざりやすいところです。
制裁としての減給には上限が定められています。損害賠償を一方的に差し引く形にも制約があります。自社が引いているものを一覧にして、協定と突き合わせるところから始めます。判断に迷う点は、社会保険労務士に確かめるのが確実です。
よくある質問
Q. 協定を結ばずに控除していた場合、どうなりますか。 A. 全額払いの原則に反することになります。気づいた時点で協定を結び、今後の控除の根拠を整えます。過去に引いた分の扱いについては、金額と事情によるため、社会保険労務士に相談するのが確実です。
Q. 親睦会費も協定に書きますか。 A. 法令に定めのない控除なので、協定が必要です。会費の徴収を会社が代行している形であっても、賃金から引く以上は同じ扱いになります。
Q. 協定の有効期間はどれくらいにしますか。 A. 1年としている会社が多くあります。期間を定めない形も取れますが、定めておくと見直しの機会になります。期限を管理表に入れて、切れる前に結び直します。
Q. 過半数代表者は36協定と同じ人でよいですか。 A. 同じ人でかまいません。ただし、それぞれの協定について選出の手続きが要ります。まとめて選ぶ場合は、どの協定のための選出かを明らかにしておきます。
Q. 事業場ごとに結びますか。 A. 労使協定は事業場ごとが原則です。本社と支店で別の事業場なら、それぞれで結びます。控除の内容が同じでも、事業場ごとに代表者の意見が要ります。
Q. 貸付金の返済を給与から引いてもよいですか。 A. 協定があれば引ける形もありますが、相殺にあたるかどうかで扱いが変わります。本人の自由な意思にもとづく同意があるかどうかが問われる場面があります。個別に専門家へ確かめるのが安全です。
Q. 制裁の減給はどこまでできますか。 A. 1回の額が平均賃金の1日分の半額を超えず、総額が一賃金支払期の賃金総額の10分の1を超えないこととされています。あわせて、制裁の定めが就業規則に書いてある必要があります。
Q. 協定書はどこに保管しますか。 A. 事業場に備え付けます。労働者が見られる状態にしておくと、控除の根拠を説明しやすくなります。賃金台帳や就業規則と同じ場所に置いている会社が多くあります。
Q. 控除の項目名を変えた場合、協定も直しますか。 A. 協定に書いた項目と明細の項目名がずれると、対応が説明できません。名前を変えるなら、協定も同時に直します。変更の協定を結ぶか、次の更新のときに反映します。
Q. 協定を結んでいない項目を、翌月から引きたい場合は。 A. 引く前に協定を結びます。先に引き始めて後から協定を結ぶ形は取れません。制度を作る段階で、給与から引くかを確かめる手順を入れておきます。
Q. 労働者が1人しかいない事業場でも協定が要りますか。 A. 過半数代表者はその1人になります。形式としては同じで、協定書を作って備え付けます。人数が少なくても、根拠が要ることは変わりません。
Q. 親睦会やレクリエーションの費用を、全員から一律に引いてもよいですか。 A. 協定に項目として書いてあれば引けます。ただし、参加しない人からも引く形にすると、使途と本人の利益の関係が説明しにくくなります。参加の有無で分けるか、会の規約で扱いを決めておきます。
Q. 協定書の様式はどこかにありますか。 A. 法令で様式が定められているわけではありません。厚生労働省や社会保険労務士会の資料に例が示されていることがあります。項目・金額または算定の方法・支払日・有効期間の4つが入っていれば形になります。
Q. 給与ソフトの控除項目と協定がずれていないか、どう確かめますか。 A. ソフトの控除項目の一覧を出して、協定の項目と1対1で突き合わせます。ソフトに設定はあるが使っていない項目、協定に無いのに使っている項目。両方向で見ると抜けが見つかります。